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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)2411号 判決 1973年3月02日

原告

加藤阿や子

ほか四名

被告

尾山佐五郎

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告加藤阿や子に対し金二、〇一七、八〇二円とこれに対する昭和四四年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員、その他の原告に対し各金七四九、六二六円とこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告加藤阿や子に対し五、一六四、七二四円とこれに対する昭和四四年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員、その他の原告に対し各二、二五八、二六八円とこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四三年八月一日年前八時〇分頃

(二) 場所 大阪市東淀川区十三東之町一丁目九番地先三叉路上

(三) 加害車 小型乗用自動車(大五ま四一八号)

右運転者 被告尾山宏

(四) 被害者 訴外加藤亘(以下亡亘という。)

(五) 態様 足踏自転車を運転して、西行道路から北行道路へ右折進行するため、西行道路を横断中の亡亘に、西進してきた加害車が衝突し、亡亘と自転車が転倒した。

2  責任原因

(一) 一般不法行為責任(民法第七〇九条)

被告尾山宏は、制限速度を超えた時速約五〇キロメートルで走行しながら、右前方のみに気を奪われ、その他の前方注視義務を怠つたため、被害者の発見が遅れ、かつ、右転把等の衝突回避義務を尽さなかつた過失により、本件事故を発生させた。

(二) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告尾山佐五郎は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 亡亘の死亡

(1) 亡亘は、右事故により、外傷性頸部症候群、左肩胛骨骨折、頭部および左肩部擦過創等の傷害を受け、豊田外科に約一ケ月間入院し、その後通院して治療を受けたが、

(2) 昭和四四年五月右外傷に基因する外傷性頸部症候群による激痛や呼吸困難等の発作を起し、中浜医院を経て城東病院に約五日間入院加療したが、発作がとまらず、野川病院へ転医しても発作がとまらず、医師の指示により同年九月二八日頃天理よろづ相談所病院に入院したが、同年一〇月二六日外傷性頸部交感神経過敏症による急性心不全により死亡した。

(二) 治療費等

右(一)の(2)の間に、原告加藤阿や子(以下阿や子という。)は、野川病院に一三三、五六六円、天理よろづ相談所病院に二一四、六二二円、合計三四八、一八八円の治療費等の支払義務を負い、同額の損害を受けた。

(三) 亡亘の損害

(1) 亡亘は、事故当時五三才の健康体の男子で、空壜問屋に工員として勤務し、月平均八三、四五三円の収入を得ており、事故で死亡しなければ、なお、平均余命の範囲内で、九・三年は就労して、同様の収入を得ることが可能であつたから、月二〇、〇〇〇円の生活費を控除したうえ、年五分の割合による中間利息を控除して算出した六、〇四九、六〇九円の得べかりし利益を喪失した。

(2) 原告らは、亡亘の相続人の全部であり、原告阿や子は妻として、その他の原告は子として、それぞれの相続分に応じ、亡亘の賠償請求権を左記のとおり相続した。

原告阿や子 二、〇一六、五三六円

その他の原告 各一、〇〇八、二六八円

(四) 葬祭費等

原告阿や子は、亡亘の葬祭費等として三〇〇、〇〇〇円を負担した。

(五) 慰藉料

原告らは、亡亘の妻子であり、その精神的苦痛を慰藉するには、左記の金員を必要とする。

原告阿や子 三、五〇〇、〇〇〇円

その他の原告 各一、七五〇、〇〇〇円

4  損害の填補

原告らは、自賠責保険より三、〇〇〇、〇〇〇円受領し、相続分に応じて、慰藉料に充当した。

5  結論

よつて、被告らに対し、原告阿や子は、3の(二)、(三)、(四)、(五)の合計から4の填補分を差し引いた五、一六四、七二四円とこれに対する亡亘の死亡の日である昭和四四年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、その他の原告は、それぞれ、3の(三)、(五)の合計から4の填補分を差し引いた各二、二五八、二六八円とこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実中、1の(一)ないし(五)の事実は認める。2の(一)の事実は否認し、(二)の事実は認める。3の(一)の(1)の事実中、入院期間の点を否認し、その余は認め、(2)の事実中、死亡の事実は認めるが、その余は否認する。3の(二)、(三)の(1)、(四)、(五)の事実は不知、(三)の(2)の事実は認める。

4の事実は認める。

三  被告らの主張

1  過失相殺の主張

亡亘は、西進する他の東両の蔭から、右折の合図もせず、右方ないしは後方の安全の確認もしないで、突然右折してきたものであつて、同人には相当大きな過失があるから、損害額につき過失相殺を主張する。

2  事故と死亡との因果関係について

亡亘は、豊田外科に入院一五日で退院し、経過は良好で、昭和四四年五月まで主として頸部症候群の治療のため通院しながら、職場に復帰していたもので、その後の症状は事故と関係がない。原告主張の発作なるものは、中脳の毛細管循環障害による眩暈症状を主とするものであつて、外傷性頸部症候群によるものではない。急性心不全は、天理よろづ相談所病院における、不適切な頸部下部星状神経節切除手術ないしは手術のミス、または動脈硬化症に起因するものであり、本件事故による外傷性頸部症候群とは因果関係がない。

第三証拠〔略〕

理由

第一事故の発生について

請求原因1の(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を総合すると、

一  事故現場の状況

本件事故現場は、東西に走る西行一方通行規制の行われている幅員一〇メートルの道路で、制限速度は四〇キロメートルであり、その北方に六・七メートル幅のグリーンベルトを距てて幅員四メートルの東西に走る道路があり、さらに、北行道路がグリーンベルトの切れ目を通して交わる三叉路となつており、北行道路は南行の一方通行規制が行われていること、

二  加害車の動向

被告宏は、加害車を運転して、西行道路を時速約五〇キロメートルで西進し、右前方の交通状況に気をとられつつ進行していたところ、三叉路手前で左前方約一一・七メートルの地点に、亡亘運転の自転車(以下被害車という。)が西行道路の左側からグリーンベルトの切れ目を経て北行道路へ行くため、西行道路を斜めに横断中であるのをはじめて発見し、慌てて急制動の措置をとつたが及ばず、自車前部を被害車後部に衝突させ、さらに約一・一メートル進行して停止したこと、

三  亡亘の動向

亡亘は、被害車を運転して西行道路の左側を西進し、グリーンベルトの切れ目の手前約一四メートルのところを、北行道路へ行くため、グリーンベルトの切れ目を目ざして、斜めに横断を開始して進行中、後方を見たところ加害車が接近してくるのを認め、その場に停止したところに追突され、転倒したこと、の各事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告らは、亡亘が他の西行車両の蔭から急にとび出してきたものであると主張し、被告ら各本人尋問の結果には、これに沿う部分もあるが、内容があいまいであつて措信できず、他にこのような事情を認めるに足りる証拠はない。

第二責任原因について

前示認定事実によれば、本件事故の発生は、被告宏が前方注視義務を怠つたため被害車を発見するのが遅れた過失によるものと認められる。従つて、被告宏は一般不法行為者として民法七〇九条により、被告佐五郎については、当事者間に請求原因2の(二)の事実は争いがないから、自賠法三条により、本件事故により発生した損害を賠償する責任がある。

第三損害について

一  亡亘の死亡と本件事故との因果関係について

亡亘が、本件事故により、外傷性頸部症候群、左肩胛骨骨折、頭部および左肩部擦過創等の傷害を受け、豊田外科に入院したことは、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を総合すると、

1  亡亘は、右傷害により、昭和四三年八月一日から同月一五日まで豊田外科に入院して治療を受けた後、同病院に通院して治療を受け、外傷性頸部症候群を除く他の傷害は治療したが、外傷性頸部症候群が完治しないため、同四四年六月二日野川病院に転医し、同日より同月一一日まで入院し、更に、同月一八日より同月二七日まで、および同年九月四日から同月二七日まで入院した後、同日天理よろづ相談所病院に入院し、その間、呼吸困難、心気亢進、激痛、排尿障害、左側体幹と下肢のしびれ感、下肢の灼熱感、右半身の発汁、頭痛等の前記症候群の発作症状(外傷性頸部交感神経過敏症状)が続いたので、これに対し、星状神経節に対するブロツク注射を主体とする対症療法を行つていたが、一時的には軽快してもすぐに激しい発作を繰返えし完治しないので、天理よろづ相談所病院において、星状神経節切除の手術を行うことになり、同年一〇月八日右手術を行つたが、星状神経節の頸動脈への癒着が強いため、切除できず、後日、頸部根治術ないしは頸部廓清術(ラデイカル・ネツク・ダイセクシヨン)を行うべく、プロカインまたは塩パパを点滴して発作を止めながら、体力を維持しようとしていたところ、同月二六日午前五時二〇分頃、交感神経過敏症による心不全により死亡したこと、

2  亡亘には、動脈硬化の症状はあつたが、その程度は軽く、死の原因となるほどのものではなかつたこと、ブロツク注射によるシヨツク死の可能性は、治療の経過、死亡時の状況から認められないこと、星状神経節切除手術そのものは、困難な手術ではなく、切除できなかつたのは前記癒着の程度が強かつたことによるものであること、

の事実を認めることができ、他に右認定を覆えずに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、亡亘は、本件事故による外傷性頸部症候群によつて、交感神経過敏症となり、相当長期間にわたつてその激しい発作が続いたことと、これに対する対症療法のくり返しにより、体力が徐々に衰弱し、同時に心臓の機能も著しく衰弱して遂に死に至つたものであり、本件事故と死亡の間には相当因果関係があると推認することができる。

右推認を覆えすに足りる証拠があるかどうかを検討すると、〔証拠略〕によれば、亡亘の治療としての星状神経節ブロツク注射が適切でなかつたとは言えないこと、下部頸部神経節(星状神経節)切除は適切な手術であつたこと、麻酔剤の過量による死亡とは考え難いこと、また、亡亘はこれに対する異常体質ではなかつたこと、動脈硬化による死亡かどうか不明であること等の事実が認められるので、この鑑定の結果によつても、亡亘の死亡についての右推認を覆えすことができず、他に同推認を覆えすに足りる証拠はない。

よつて、被告らは、亡亘の死亡による損害につき賠償する責任がある。

二  治療費等について

〔証拠略〕を総合すると、請求原因3の(二)の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三  亡亘の損害について

〔証拠略〕を総合すると、亡亘は、死亡当時満五五才の男子で、事故前は普通健康体であつたこと、空壜問屋である豊中空壜に工員兼番頭として勤務し、定期的な給料として月に六五、〇〇〇円賞与(夏場・冬場手当)として年額本給の三倍である一五〇、〇〇〇円(合計年収九三〇、〇〇〇円)を得ていたこと、その後昭和四四年一二月頃豊中空壜は営業不振となり廃業した(昭和四五年度の賃金センサスによる満五五才の男子労働者の平均賃金および賞与の合計額は年額一、〇九五、八〇〇円であるから、亡亘は勤務先廃業後も、少くとも右年収相当額の収入を得ることができたものと推認されうる)が、平均余命の範囲内で、あと九・三年間は同様の収入を得ることが可能であつたこと、および、生活費は収入の三〇パーセントが相当であることを認めることができ、他に右認定を覆えずに足りる証拠はない、よつて、亡亘が、本件事故により喪失した得べかりし利益の昭和四四年一〇月二六日当時の現価額を、年毎のホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると五、一七二、一九五円となる。

(計算式 九三〇、〇〇〇×〇・七×七、九四五=五、一七二、一九五)

相続の点については当事者間に争いがないから、原告らは右賠償請求権を別紙計算表のとおり相続した。

四  葬祭費等について

弁論の全趣旨から、原告阿や子の負担した亡亘の葬祭費等につき、三〇〇、〇〇〇円を本件事故による損害と認める。

五  慰藉料について

前記認定事実および当事者間に争いのない親族関係の事実から、原告らの本件事故による精神的損害に対する慰藉料として、別紙計算表のとおりの金員を相当と認める。

第四過失相殺について

事故の発生についての前示認定事実によれば、亡亘にも、足踏自転車に乗つて広い道路を横断するに際し後方の安全を十分に確認しないままで、道路を斜めに横断した過失があると認められるから、右第三の二ないし五の損害額につき、その二割を減ずるのを相当と認める。

第五損害の填補について

請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。

第六結論

よつて、原告らの被告らに対する本訴請求は、別紙計算表のとおり、主文掲記の金額およびこれに対する、本件事故後であり、亡亘の死亡の日である昭和四四年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 中辻孝夫 菅英昇)

別紙 計算表

原告阿や子

348,188円(治療費等)+5,172,195円×1/3(亡亘の逸失利益の相続分)+300,000円(葬祭費等)+1,400,000円(慰藉料)×0.8(過失相殺)-3,000,000円×1/3(損害の填補)=2,017,802円

その他の原告

5,172,195円×2/3×1/4(亡亘の逸失利益の相続分)+700,000円(慰藉料)×0.8(過失相殺)-3,000,000円×2/3×1/4(損害の填補)=749,626円

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